2011年03月17日
川俣晶の縁側歴史と文化下高井戸周辺史雑記 total 2846 count

続・明治初期の玉川上水の流路改修

Written By: 川俣 晶連絡先

 この問題を少し続けます。

 まず、ファクトと推理を分けます。

  • ファクト→明治初期の迅速測図の玉川上水の流路が現在と違う
  • 推理→通船のための改修であろう

推理の根拠 §

 今昔マップ2の迅速測図は1880-1885。通船は1870-1872です。つまり、通船のための改修が1880-1885に存在していないとおかしいわけです。しかし、過去には測量と出版のタイムラグが大きいため、10年ぐらいの差は無視できると考えました。他にこれといって根拠もないので、通船に根拠を求めるしかないとその時点では思ったわけです。

別の可能性 §

 とはいえ、今はまた考えを変えていて、実は淀橋浄水場建設時に水路そのものの改修が入った可能性もあり得ると思えてきました。この場合、「明治初期」とは言えなくなります。この件は、もう1回「淀橋浄水場史」でも図書館に見に行って裏付けを取らねばなりません。しかし、どうも図書館もバタバタしていて、こちらもバタバタしていてスムーズに行けるかな。とりあえず、コピーをもらってあるページにはそれらしい話はありませんでしたが。あるいは他に何かあるのかもしれません。この件はもうちょっと追求できる余地があるかな。でも、史料がとても乏しそう。

下高井戸周辺史雑記